最高裁判所第二小法廷 昭和43年(あ)1508号 判決 1969年3月14日
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
弁護人東茂の上告趣意は、違憲(三八条三項違反)をいうが、実質は事実誤認、単なる法令違反の主張であって、適法な上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権をもって調査すると、原判決は、後記のように刑訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。
本件は、被告人が、昭和四〇年一二月九日午前八時四〇分ごろ軽四輪貨物自動車を運転して、京都市中京区内の南北に通ずる西堀川通りを南進し、東西に通ずる御池通りとの交通信号によって交通整理の行なわれている交差点に差しかかった際、同交差点の信号が停止信号であったので、その北側に停止し、その後青信号に従って同交差点に進入し約一〇米進行したところ、おりから右方からきた福山正六の運転する第一種原動機付自転車に自車を衝突させて、同人に加療約一ケ年を要する左側頭骨々折等の傷害を負わせた事件である。
これに対し一審裁判所は、被告人には右方の安全を確認する義務を怠った過失があるとして有罪としたので、被告人は控訴して、本件は、被告人が青信号に従って前車に引き続き発進し本件交差点に進入したときには、右側には並進する車両が数台あり、その切れ目から突然被害車両が現われたのを右斜め前方約三米に発見し、急停車の措置をとったがまにあわず衝突させたものであるところ、青信号に従って交差点に進入した被告人としては、右方からの車両は交通規則を守り、東西の信号が赤を示している場合には、東進する車両はないものと信頼して運転すれば足りるから、被告人には前記のごとき過失はないと争った。
ところが原裁判所は、右側に車両があったことについて述べていない被告人の検察官および司法警察員に対する各供述調書の記載ならびに被告人の取調にあたった司法警察員の一審公判廷における証言を援用し、「もし右側に車両があるため交差点前方に対する見とおしが困難で被害者の原動機付自転車を発見することができなかったという事情があったとすれば、被告人としてもこのような自己に有利な客観的事情を捜査段階において弁解しているはずであり、このような弁解が一言もなされていないということは右のような客観的事情が当時存在しなかったと思われる証左であり、またもし、右側に他の車両が何列も並んでいたとすれば、被害車両は被告人の車両に衝突する前にその並進車に衝突しているはずである。この点について、さらに被告人は、原審の検証の際の指示説明として『停止の際、私の車の左右には一メートルぐらい、前後には二メートルくらいの距離で他の車両が停止していた。対面信号が青色に変って他の車両とともに発進したが、私の車は軽四輪車で普通車より出足がおそかったこと、それにマンホールが少しくぼんでいたためタイヤがかかったことで発進がおくれ、発進の際前車との車間距離が五、六メートルあいて進行している。(中略)衝突直前には右側には車がなかったが、左側、後方には他に車がそれぞれ進行していた。』と説明しているが、発進当時右側にいた車が何故衝突時にはいなかったのか理解に苦しむところである。以上のところからみて、前記所論にそう被告人の原当審における供述は措信しがたく、被告人が交差点北詰を発進した際には右側に並進している車両はなかったものと認めるのを相当とする。」として、被告人の前記主張を排斥し、これを前提として、一審認定の被告人の過失を肯定した。
しかし、原判決もいうように、被告人は捜査官に対して、本件交差点進入時ならびに衝突時に右側を並進する他の車両がいなかった、と述べているのではなく、単にそのことについての記載がないにすぎないから、このことをもって直ちに、被告人の一審および原審公判廷における前記主張のごとき供述が、単なる弁解にすぎないとして排斥しうるものではなく、また被害車両は単車であることからすれば、右側車両の台数、間隔等によってはその間を縫って被告人のところに到達する可能性がないともいえないのであるから、被告人の車に衝突する前に他の車に衝突しなかったことも、被告人の右供述を排斥する決定的理由とはなしがたい。のみならず記録中には、本件事件後本件交差点の信号の周期に若干の変動があったとはいえ、昭和四二年七月一一日ないし同月二二日間の日曜日および雨天の日を除く一〇日間の午前八時三六分ごろないし四〇分ごろ間の、本件交差点北側において一停止信号によって停車し青信号を待っている車両の台数は、二五台ないし八四台である旨の弁護人の調査結果もあり、また右調査結果を肯定し、現在通常は五列横隊ぐらいで先頭から六、七台ぐらいの車両が停止信号で待機している旨の司法警察員南部津の証言など被告人の供述を裏づける証拠もあるのに、原判決が、これらを無視し被告人の供述を排斥して、前記のごとく被告人の右側には並進する車両はいなかったと認定したのは、採証法則違背ないしは重大な事実誤認の疑いがあるものといわなければならない。
そして、もし被告人の供述するごとく被告人の右側にも他の車両が進行していたとすれば、その位置関係、台数、車の大きさ等によっては、被告人に対し過失の責を問い得ない場合も予想されるし、またいわゆる信頼の原則の適用も考えられるところである。とすれば原判決の前記のごとき違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
よって、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 色川幸太郎 裁判官 村上朝一)